| 老朽化のため2008年5月末で営業を終了し建物も撤去された「岡山県青年会館」ユースホステルのペアレントとして、永年にわたり岡山県ユースホステル協会の活動を支援していただいた西口修氏が、 「インターネット版朝日新聞のマイタウン岡山(2008年5月19日)」で紹介されています。 |
宿泊客の笑顔 糧に38年2008年05月19日
■西口 修さん(59)=ユースホステル県青年会館のペアレント 仮住まいだったはずの岡山県青年会館(岡山市津倉町1丁目)に38年間居た。その会館は老朽化が激しく、5月末で閉館する。 「一生懸命、ペアレント(宿泊施設管理者)をさせてもらって満足です」 1970年4月、岡山大学へ入学。宮崎県都城市から出てきて最初に泊まったのが県青年会館だった。そのとき、当時のペアレント中田寛さん(故人)に下宿先を紹介してもらった。 初めて接した岡山弁がうまく聞き取れず、紙に書いてもらった名前を頼りに「4年の中田さんいますか?」と紹介された民家をたずねたが、「4年の中田さん」は見つからずじまい。下宿先を見つけるまで会館の仕事を手伝う代わりに仮住まいをさせてほしいと、中田寛さんに頼み込んだ。しばらくして、下宿先の名前が「中田4年」ではなく、中田寛さんの姉「中田千年(ち・とせ)」さんだったと分かった。「いくら捜しても、見つかるわけないよ」 その中田寛さんが2年後に急逝し、財団法人側に「次のペアレントが見つかるまで、半年間、続けて欲しい」と頼まれて引き受けた。 朝夕は板前役。朝食やミニ懐石をつくり、宿泊客に出す。日中は会館を運営する財団法人の常務理事として事務をこなす。夜間はペアレントとして宿泊の管理役。「食事の時に隣に座ったのが縁で結婚しました」というカップルもいて、知らないところで縁結び役もしていた。 「自由がきかず、休みがなかったけど、好きなんでしょうね。人生の中の一日をここで過ごした宿泊客が、笑顔で出発するのを見るのがね」 ■にしぐち・おさむ■ 宮崎県都城市出身。1970年から県青年会館で働き、72年からペアレントに。岡山大学を卒業しないまま財団法人の職員になり、現在常務理事を務める。1男2女が横浜市で暮らす。座右の銘は「感謝」。 |